昨日は4歳のRENと一緒にお風呂に入った。
我が家の浴室の壁には世界地図が貼ってある。
中国のところにはパンダのイラスト。
先日ニュースで見た、上野動物園のパンダが中国へ返還された話題を思い出したのだろう。
突然RENが聞いてきた。
「なんでパンダは中国に帰っちゃったの?」
少し考えながら答える。
「もともと中国にいたパンダを、日本が借りていたから返すことになったんだよ。」
すると次の質問が飛んできた。
「ずっといたのに、なんで今返すことになったの?」
さらに考える。
「うーん…。日本と中国の考え方が合わなくて、中国が返してって言ったのかな。」
すると間髪入れずに、
「なんで中国は嫌な気分になったの?」
と聞かれた。
そこで私は言葉に詰まった。
「……。」
分からなかった。
後から調べてみると、そもそも自分の説明も正確ではなかったかもしれない。
正解を教えるべきだったのか。
その場で一緒に調べるべきだったのか。
「パパも分からないなぁ」で終わってよかったのか。
正直、少し戸惑った。
RENの質問に答えられなかったのは、記憶の中では初めてだった気がする。
でも考えてみれば、これから先はこういうことがどんどん増えていくのだろう。
子どもが成長するということは、親の知識や経験だけでは追いつかない世界に触れ始めるということでもある。
今までは「教える側」だった。
でもこれからは、
「一緒に考える側」
になる場面も増えていくのかもしれない。
親だから何でも知っていなければならない。
そんなふうに思っていた部分が少しあった。
けれど、本当は分からないことを分からないと言えることも大事なのかもしれない。
そして一緒に調べたり、一緒に考えたり。
そんな時間そのものが、親子の会話になるのだろう。
対応に正解はない。
その時々で変わるだろうし、子どもの年齢によっても違うだろう。
ただ昨日の私は、4歳児の「なんで?」に完敗だった。
みなさんは、お子さんの質問に答えられなかった時、どうしていますか?

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