放任と過干渉の境界線はどこにある?

父親目線の子育て

「自分で決めさせることで自主性が育ち、自己効力感が高まる」

子育ての本を読んでも、教育に関する発信を見ても、よく目にする言葉だ。

そして実際、その通りなのだと思う。

勉強で成果を出した人やスポーツで活躍した人の話を聞くと、

「親にやらされた記憶はあまりない」

「自分で決めてやっていた」

という言葉を耳にすることが多い。

だからこそ、親としては考える。

「できるだけ子ども自身に決めさせたい」

「自主性を育てたい」

そう思う。

でも、これがなかなか難しい。

私はどちらかというと、教育熱心(悪く言うと過干渉)な家庭で育った。

門限もあったし、

「勉強しなさい」

と言われることも多かった。

夏休みの宿題を早く終わらせないと、エアコンのない部屋で勉強させられたこともある。

今となっては笑い話だが、当時はなかなかの苦行だった。

だからなのか、自分には「自由に育てられた経験」があまりない。

そのため、子育てをしていて時々わからなくなる。

自主性を育てたいなら、本当に自由にさせればいいのだろうか。

でも、完全に自由にしたらゲームや動画ばかりになるかもしれない。

危険なことだってある。

社会には守るべきルールもある。

そう考えると、ある程度の制限や枠組みは必要な気もする。

一方で、親が口を出しすぎれば、

「言われたからやる」

が当たり前になってしまうかもしれない。

勉強も運動も習い事も、

親がレールを敷き続けた先に、本当の意味での自主性は育つのだろうか。

そんなことを考える。

最近の私は、

「放任」と「過干渉」の間に何か答えがあるのではないかと思っている。

何でも自由にするわけではない。

でも、何でも親が決めるわけでもない。

親が安全な枠組みを作り、その中で子ども自身が選べるようにする。

そんな関わり方なのかもしれない。

もちろん、まだ正解はわからない。

4歳の長男を見ていても、

口を出した方がいい場面もあれば、

ぐっと我慢して見守った方が良かったなと思う場面もある。

毎日が試行錯誤だ。

子育てには答えがない。

だからこそ面白いし、難しい。

私自身、まだまだ模索中である。

皆さんは子どもの「自主性」についてどう考えていますか?

自由に任せることと、親が導くこと。

そのバランスはどのあたりにあると思いますか?

ぜひ教えてください。

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